瀬戸内国際芸術祭2022夏-④男木島

男木島

2022.8.18
10:00高松港発→10:40男木港着

 


男木島中心部

og01. 男木島の魂:ジャウメ・プレンサ(2010〜)

港のシンボル。ガラス張りの総合案内所の屋根に多国籍の白い文字が配されていて、内部から見上げると青空が地になり白文字が浮かび上がる。晴天で見上げると爽やか。

 

og02.タコツボル:TEAM 男気(2019〜)

港沿いにデカい蛸壺。タコツボッていた。

 

 

港から東側から攻める

男木漁港周辺街

g17.青空を夢見て:レジーナ・シルベイラ(2016〜)

ファサードが作品、青空のような色。漁港から東へ海岸へと続く住宅街の小道(道幅狭い)の途中でこの建物が出現。建物の敷地は塀と門で閉ざされていて敷地の中には入れないので、前面の道から見上げて鑑賞するか、もしくは建物を周りこむ上り坂になっている横道を登っていけば違う角度から建物を鑑賞できたのかもしれなかったが、前面の道路から見上げるように鑑賞するにとどまった。閉鎖的な雰囲気(案内の人がいない、門が閉ざされている等から立ち止まってゆっくり見るような雰囲気がなかった)を勝手に感じ取り、正直に言ってこの作品はあまり鑑賞していない。

 

og05.漣の家:眞壁陸二

海辺にぶつかり、左折して海辺を歩いていくと倉庫のような建物の妻側面に長さ、幅がまちまちなアクリル板などを並べた作品が登場。色味が青系でまとまっている。作品の説明を読むと、会期中に数回、島民、来場者に空と海の色の板をつくるワークショップを行っていって、板がどんどん増殖していくらしい。この島に他にも作品(og05.路地壁画プロジェクト)を出展しているの眞壁氏の作品だが、色合いが違うものの縦長の板、切り取られたような風景、の表現が同じであるところに、アートってつくづくアーティストそれぞれの世界の見え方、表現の仕方があって面白いなぁ、と思う。

 

 

この建物の日陰で涼んでいる4匹のニャンズ(猫達)に遭遇。人慣れしている、目が細い(頭の大きさに対して小さい)ので眼光が鋭い。島の猫のDNA。

 

og16.歩く方舟:山口啓介(2013〜)

以前は無かったけど男木島といえば…、男木島のアートの代名詞になっているような作品。高松から男木島に向かってくる船からも小さく見えていて、芸術祭目的で島に来た人をワクワクさせる。地元のおばちゃんはキノコと言っていたが、山から足が生えている。海へ向かっているがどこへ行こうとしているのか?

 


男木島中心部

 
引き返し急な坂を登る。
急な坂、家々の間をぬう迷路のような小道、男木島に来た、って実感が湧く。

 

og19.No.105:ワン・テユ(王德瑜)(new!)

屋根しか残っていない手前の廃倉庫とちゃんと壁で覆われている奥の廃倉庫の中に黄緑色のバルーンが常に空気注入中で膨らんでいて、奥の倉庫の方は大きいバルーンが二つ、下部や上部にスリットが開いていて頭を突っ込んで覗いたり、入り込んでみて別のスリットからでできたり、なんか子供の遊具みたいだけど、案内のお兄さんに促されてやってみた、いつもなら体験型の作品は苦手なのだが。バルーンに入ってすぐ出るだけなのでなんてこともないのだけれど、なんじゃこれは、とちょっと自然と笑ってしまった。ふふふ
水と土の芸術祭の作品と素材とやり方が似ている気がしたけれど、作者は別の人。色もコンセプトも違う。

手前倉庫のバルーン

 

og14.漆の家:漆の家プロジェクト(2010〜)

この作品も以前に見ている。新しくフレームが竹で出来ている(節があるので竹と分かる)ロードバイクが新たにおいてあり、もちろん漆塗りで艶々していた。黒、赤、白のそれぞれの色の漆塗の部屋があり、黒と赤は見知った漆という感じだが白い漆は馴染みがない。黒い漆の艶と闇の深さは凄い、陰影礼賛、引き込まれる。

 

og15.部屋の中の部屋:大岩オスカール(2016〜)

和室が90度回転していた、自分が立っている床面が壁にあたり襖と床の間、入って正面の壁が天井で窓を天井照明として見せているので光が自然に感じる、入り口のある壁が床(畳)で丸いちゃぶ台と座布団があり、入って右手の壁は襖に絵が描かれている。180度回転しているのはありそうだけど90度だけ回転してるのが面白い。大岩オスカールさんの作品は白地に黒の絵、平面(一旦大岩さんの脳を通して置き換えられたもの)を過去に何作品か見てきたけれど、こちらは立体空間の作品だし、現実にある和室の部屋にひねりを加えているので、今までの作品とは雰囲気が違っている。入って右手側の壁の襖に描かれている絵だけ何故か視点を90度回転させず0度のままなので、普通に絵画として鑑賞を楽しめる、が視野を広げると回転した和室の中にいることに気づく。
写真をとるなら、ガイドの写真の様に地球側に人や物を置いて引力がどちら側なのかを示さないと、回転していることが分からりにくい。ちょっといただけなのに頭が変な感じになる。

 

og05.男木島 路地壁画プロジェクト wallalley:眞壁陸二(2010〜)

こちらの作品も2010年に初めてこの島を訪れた時からある。海辺にあった"og05.漣の家"と同じ眞壁氏の作品。外壁を島の外壁に合うような色を選んでいるのか、色んな色が施してあるが島の街路に彩りを加えて刺激を与えている。懐かしいし色合いが可愛い。

瀬戸内国際芸術祭2010に撮影

 

og08.アキノリウム:松本秋則(2016〜)

この作品、良かった。

竹で作った色んな種類の楽器が、階段を上がった2階、屋根裏部分に並べられていて、コンコンコロコロカラカラした音が組み合わさって重なってとても可愛らしい音色を出していた。入り口を入って右横の壁にこれらの楽器を影絵で見せていて、まずこの映像を見て先程からする音色の正体は何なんだ?と疑問に思い始めたところで、2階(メゾネット)への階段を上がると竹の楽器達にとり囲まれるようになっていて、その正体を知ることになる。この作品をゆっくりちゃんと味わうことが出来たのは、ちょうど他にお客さんがいなくて一人で他者に気遣うこともなく鑑賞出来たのが大きい。小屋の中のスペースも広く無いので他に鑑賞者がいたらストレスだったと思う。空調が効いてて涼しかったので、可愛らしい音色を聴きながらしばらく涼むことも出来た。

芸術祭の島の展示は空き家を舞台にして展示している作品が多いが、その空間をうまく利用して、環境と作品の相乗効果でより面白い展示になっていたりメリットがある反面、室内が狭い為に中に入れる人数が限られているので、前の部屋や廊下などに他の鑑賞者が後ろに閊えているのが分かると、どうも自分のペースでゆったり鑑賞できないのが空き家を使った展示の難点である。人数制限をして入場を区切っても後ろが待っていると思うといつまでもそこにいる訳にもいかないし(他者に気を使いすぎ?)、ゆっくり鑑賞したいのなら自分が人がいない時を狙うしか解決策はないのか?

 

og18.男木島パビリオン:大岩オスカール・坂 茂 (new!)

港が丸見えの丘の上に建物があり、この建物は建築家、板茂氏の設計、中の襖の絵と海側の窓ガラスに描かれた絵が大岩オスカール氏の作品。前日、大島で作品を観賞した際は、瀬戸内海の海は、もしかしたら島から出ることを許されなかった人とっては自由を奪う恨めしいものに見えたのかもしれない、必ずしも海を見て快感を味わう人ばかりじゃないのかもしれない、と思ったばかりだけれど、私にとっての瀬戸内海は私の閉そく感を救ってくれて自由な気持ちにさせてくれた海であり、こうして作品の中に海があるとなんとも言えない幸福な気持ちになる。

 

og20.学校の先生:エカテリーナ・ムロムツェワ (new!)

こちらも空き家を使った展示。最初の一室目は子供達とのワークショップの風景の写真や絵の描き方の動画等の説明の部屋、2.3室目は子供達の描いた絵と顔の絵が描かれた部屋、4室目は3枚の絵の部屋、5室目は畳の和室の割と大部屋に両側に長尺の紙に墨で描いた絵と真ん中の床に作品が置いてある。2~4室の絵は適当に描いているように見えて配色が美しく、並べてみると色合いが綺麗。紙を水で湿らすことで水彩の滲みが意図しないような不思議な表現になっていた。色彩が好きなので色に目がいってしまった。

2室目か3室目

4室目

島の空き家を使った展示は、美術館での背景が真っ白なところに展示するのと違って、空き家の家屋の環境がアートの一部になっているので、例えば5室目、1番奥の部屋の展示は和室の黒ずんだ壁や暗めの照明との対比で鮮やかな色のアートが映えているような気がした。一方で、こちらの作品に関しては、観賞者の入室している人間の数に対してどの部屋も狭く、後から入って来る鑑賞者に押し出されるように次の部屋に進まなくてはならないので、ゆっくり鑑賞出来るように入り口で人数制限をした方が良いかもしれない。

帰ってきてそれぞれの作品を思い出して感想をまとめていると素晴らしい思い出とともに少しの不満を思いだしたが、帰りの船を待つ空き時間に頼まれた瀬戸内芸術祭のアンケートを書いたときは、細かくこれらの意見を思い出せなくて書くことが出来なかった。瀬戸内国際芸術祭の長年のファンとして、より良くなるよう意見を書ければ良かった、と後になって思う。

 

og07.瀬戸で舞う:川島猛とドリームフレンズ(new!)

会場は2010年と同じ、何度か来ている同じ家。今回は謎のモチーフの繰り返しのアート。



og03.生成するドローイング -日本家屋のために2.0:村山悟郎(2019〜)

一番港に近い作品。1階は襖やら欄間やら梁型やらに鳥のように見える絵、同じモチーフが繰り返し繰り返し描かれている。2階は壁にベニヤ板貼られており、ベニヤをキャンバスに雲のような絵の上にカラフルな網のような絵が描かれていたり、細かな格子の四角を白塗りにして模様が描かれていたりした、下地はベニヤの素地なのに遠目には金のようにも見えてくる。薄暗い部屋もあり、そちらの作品はスポットライトが当たっていて網のような絵もラメというかキラキラする絵の具を使っている、綺麗。私は2階の方が好き。

 

* * *
帰りの船まで2時間もあるのでニャンズ達と戯れに東川の漁港の辺りまでまた行ってみる、途中の島の人達が用意してくれている無料の休憩所に島の猫達のために置いてあるカリカリがあったのでちょっとだけ貰っていって黒ニャンとトラニャンにあげてみた。私以外にも猫に心を奪われている人達が何人かいた。

 

15:00男木港発→女木港経由→15:40高松港

 

これで2泊3日の日程、終了である。
非常に名残惜しい、私が人目を気にしない子供であったなら、男木島の魂:ジャウメ・プレンサにバイバーイと叫んでいただろう、女木島の20世紀の回想:禿鷹墳上にバイバーイと叫んでいただろう(どちらも港もそばの作品)。大人なので人目を気にして外見は落ち着いて船のデッキでしみじみ島とお別れをしている風ではあるが、内心ではバイバーイと叫んでいた、遠ざかる島と作品達にお別れをしたい気分であった。

左:20世紀の回想 右:男木島の魂 ともに2010年に撮影

 


女木島を経由して男木島に着くフェリーのめおん号は2階の後ろ側が外部のデッキになっている、椅子の向きが後ろを向いているので進行方向と逆なのがちょっとアレだけど、船の細い白い鉄柱に囲まれて切り取られて見える瀬戸内海が、遠退いていく島が景色が映画のようで、全く感動する。波も殆どなく乗り心地も最高で、脳が何も考えず活動停止しているような幸福。本当に海の色が美しい。

 

今回の旅、Fin.

瀬戸内国際芸術祭2022-夏③大島(後編)・高松港周辺

大島(後編)

2022.8.17

大島(前編)より続く

 

以下、os01、03は軽症者独身寮として使われていた建物での展示

os01. 青空水族館:田島征三(2013〜)

小学生の工作のような人魚、で始まり一室、一室を廊下から見たり、部屋の中に入ったりしながら観賞。

 

os02. 森の小径:田島征三(2016〜)

入り口のアーチこそ作品であるかのようだが小径は草ぼうぼうである。

 

 

os03. 「Nさんの人生・大島七十年」-木製便器の部屋-:田島征三(2019〜)

家屋の一室、一室を使って田島さんがハンセン病患者のNさんと会って感じたことが表現されている、まるで絵本のように。ただ内容は現実にあったことであるし、壮絶。こんな時代にハンセン病であったなら、さぞ無念で、人生に無力感を感じざるを得ない。ただそんな中でも、この島では宗教を拠り所にしたり、工夫して出来る娯楽を生み出したり、先ほどの脇林さんや鳥栖さんのように写真を撮ることで生きている人もいて、視点を理不尽や出来ないことばかりに向けることなく生きていくことも教えてくれている。多かれ少なかれ人生は理不尽であるし、皆がハッピーでは現代も無いわけで、どんな理不尽に対しても悲しいかな自分に授かった人生をどう生きるかでしかない。辛い人生を受け入れられないまま苦悩して生きることもある。

 

 

 


大島青松園社会交流会館

os08. 物語るテーブルランナー in 大島青松園:鴻池朋子(2019〜)

交流会館の天井の高い休憩所のような部屋の真ん中あたりにテーブルがあり、ランチョンマットのようなものに、この島の様々な出来事が絵日記のように絵と文でそれぞれのランチョンマットに刺繍などで表現されている。下絵(紙)と布製の作品がセットで置いてある。枚数が相当ありネタが尽きないくらい色々な悲しいことがあったのだ、ということを知る。解剖台のことも刺繍されていた。作品の技術にも感心したし、やはりこの島の歴史に気持ちが重くなる。
この部屋は壁際にソファがズラリと置いてあって、一緒の船で島に来た人達が休んでいたりして、人目が気になる私には部屋の中心部や壁にある作品を観賞するのが、なんとなく居心地が悪い。彼らの視線が観賞者の動線に向かないような工夫が欲しい。

 

os08.浜辺の歌、月着陸、壁上り:鴻池朋子(2019〜)

傍のテレビから映像が流れていた、じっくりは見ていない。歌声とか。

 

os09. {つながりの家}カフェ・シヨル:やさしい美術プロジェクト(2010〜)

※営業してない、土日のみ営業とのこと。

 

os12. 物語る金の豚:鴻池朋子(new!) 

※見た記憶がない

 


港から割と手前のところに大島青松園社会交流会館があって、芸術祭の作品も展示されていたが、島の歴史や島のジオラマにより島の全体像を見ることが出来る。アートはだいたい観賞した後にこの会館に寄ったので、島を歩きながら見てきたもの、途中にあったアートの会場になっていた建物は軽症者の独身住宅であったのか、とか教会はこういう背景のもとに建てられていたのか、だとかただならぬ重たい島の歴史がそこかしこに潜んでいる、何かを伝えようとしている感じがする。ハンセン病の患者を隔離していた島、ということで家々が自然発生的に建てられている普通に人が住む島とは歴史も前提も違っていて、計画的にエリアを分けて、患者の居住区であったり病院エリアであったりと患者と職員の生活エリアをきっちり分け、宗教の会館がまとまっているエリアもあった。


島を歩き始めて気になっていたのが至る所にある拡声器から音楽が流れていて、芸術祭の期間だし音楽で島を盛り上げているのかな?と思ったりしていたが、その割にはとてもひっそりした島で、よくよく聞いていると港から歩いてしばらくは曲が「ふるさと」だったのに、どこからか曲が「乙女の祈り」に変わるエリアがあって、二つの曲が混ざってうるさいところもあったりして、一体なんで曲が流れているのだろう?と不思議になった。その答えはこの音楽は盲導鈴だということ。今もこの島に目が見えない方が住んでいるのか、或いは観光のために昔のまま、音楽を流し続けているのか分からないが、この音楽によって盲人の方が島のどこにいるかを把握する為の音楽だということだ。知ってみれば、全く人が住んでいる気配のない観光用側の地域にこの音楽が流れているというのも、過去の恨み事を訴えているようでもあり不気味な感じがする。通常の社会であれば盲の人の割合が少ないために盲動鈴を隅々まで流している場所はないのだから、病気のせいで盲になってしまった人がさぞ多かったのだろう。


os13. 声の楔:やさしい美術プロジェクト(new!) 

見落としていた作品があったことに気付き、帰りの船の時間にも間に合いそうなので引き返す。os07を見ていた時に視界に入っていた、サンルームのようになっている屋根が島の建物にしては洒落ているなと思っていた裏の丘の上の小屋が作品であったようだ。急な坂道を登った丘に建っている小屋、壁はなく白く塗った木の骨組みだけ、壁の代わりに青と白のカーテンが風の通り抜けで靡いている、建物の中央にカセットレコーダーがあり、カセットテープからはハンセン病の方の声が流れている。作品を後にして元来た道を下っていくうちにもカセットテープから繰り返し声が響いていて、時が経った今もこのひっそりとした島で亡くなったハンセン病の方達の声が島の奥から響いてくるかのようだった。

 

ワクワク楽しい観光!ばかりではなく、海外からの観光客を多いようだし国内外問わず人々の気づきになるので、こういう島もこの芸術祭に参加しているというのは良いことだと思った。

一通り作品を見終わることができたし、午後から大雨になるという天気予報だったので島から帰れなくなってもこまるので、高松に戻ることにした。

 

13:25大島港発→13:55高松港

高松港周辺

tk14.高松市美術館 「みる誕生 鴻池朋子展」

土砂降りの雨に降られて室内作品を見るしかないかと訪れ、たまたまだったけれど、大島で鴻池朋子さんの作品を見てきた後にこちらの美術館に流れてきて、順番として正解だったような気がする。「みる誕生 鴻池朋子展」は前情報として人工物(作品)と対比して天然の動物の糞(ウンチでなくクソ)が作品と一緒に並べられている、ということなので、その試みに興味津々で来場した。
私が仕事で関わった埼玉所沢のサクラタウン(角川武蔵野ミュージアム)の、外壁に以前にお目見えしていた動物の皮で出来たトンビという作品が最近の話題作なのか、まずエントランスの吹き抜け空間にバーーン、と2体居た。想像してたよりも大きい。
吹き抜け部分の壁にはこの美術館の図面も展示してあったので仕事柄(建築)一応、目を通す。吹抜け内をぐるりと見た後、スロープを登って2階の展示空間に移動するのだが、途中、面白い仕掛けだな、と思ったのが作品の順路の道標のように、目線、視界に入る高さに作品から作品へ鎖編みの紐がずっと続いている。この紐を辿って作品を観賞すれば良いようだ。スロープの部屋は薄暗く、2階へ上がるためのスロープなので距離が長くて半分で折り返している。ここにも壁にタブレットが設置されていて、大島?の自然の動植物が映し出されていた。鳥の声も確かしたような。ここからもう自然と人工の対比が始まっている?展示室に入る前の廊下に2作品。展示室では鴻池朋子氏の作品ではなく、テーマも作者も無作為に選ばれた、という作品が壁面や床に展示されていて、その合間に時々、色々な動物の糞(模型)が置かれている。糞の匂いがしてきそうなリアリティがある模型、ただし色は材料の色のまま?なので、実際匂いはしないし森から拾って来た本物でないことは分かる。何個か作品を見たあとにアライグマ、ツキノワグマ等の野糞、がぽつりぽつりと置いてあってふっと感情が変わってしまって拍子抜けする。
次のゾーンに行く通路に、オオカミ?キツネ?の体からまるまる毛皮を剥いだものが10匹位密集して尻尾が上、顔が下で皮の下端が観賞者の上半身に被るくらいの高さで暖簾のようにぶら下がっているので、毛皮と触れ合い、触り、退けながら次の空間に進む。
ここからが本格的に鴻池氏の作品。
平面の大作(近くで見ると表面を彫刻刀で削っている)、何十枚もの鉛筆画の絵本の物語、先程のトンビのような皮を使った作品、野糞の模型などアートの表現手段が多岐に渡り、また表現したいことがこれだけあるという圧倒的なパワーに感動するし、自分の心が見えていて表現でき、表現する手段を磨いて来ていることが羨ましい。
中でも印象に残っているのは鉛筆の原画の作品でストーリーを追って見れば見るほど引き込まれて、鉛筆の線のタッチでここまで自在に世界を作れる画力に、自分も過去に鉛筆デッサンを学んでいた時期があったが、デッサンの技術も中途半端、自分らしい絵を描くことも出来るようにならないまま、社会人になってプッツリと絵を描かなくなったことなどを思い出して、複雑な気持ちになった。

 

島にばかり目が行って、高松にある美術館などにまだ殆ど行けていない。
イサム・ノグチ庭園美術館もあるようなので今度行きたい。

 

* * *
今日は名物骨付き鳥が食べれる居酒屋に行こうと思っていたけど疲れてしまったので、またスーパーのお惣菜を夕飯とする。
雨天を想定して長靴(ヒール付き)を履いてきてしまっていて足が痛い。高松で履物を買おうと思ったが気に入るものがなかった。
2日目、終了。

 

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瀬戸内国際芸術祭2022-夏②大島(前編)

大島(前編)

2022.8.17
9:20高松港発→9:50大島港
無料の船、せいしょう(←船の名前)、有難い。

 

瀬戸内国際芸術祭に来るのは4回目なのに大島には初上陸。ハンセン病に関わっている島、という知識は瀬戸内国際芸術祭が初開催された2010年からガイドブックなどで見聞きしている。ずっと気になってはいたものの今までこれずにいた。

降り立ってみて、なんだか不思議な雰囲気がする島、という印象を受けた。降りてすぐに松が生えていて記念の庭やら記念碑やらを目にする。我々が歩き周って良いとされている側は現在島で生活されている患者の方達の居住区ではないようで、生活の気配が感じられず、道々の植物には名前のプレートがひらがなで表示してあったり、建物や歴史的な物の説明が書かれてあったりと、他の瀬戸内海の島とは違いハンセン病の歴史を前面に打ち出し、見せるために加工している島、という気がした。


os11. リングワンデルング:鴻池朋子(2019〜)

またしても島の最奥部の作品から港に戻るようなルートで周ろうと思って島の北の奥まで来たが、あまりにも人がいない中どこまでも藪の中を進むことに恐れをなして、この作品の周遊する道の案内が描かれた看板:鴻池朋子氏作までで奥には進まずに引き返してきた。

この作品の一部は確か今日は足場が悪いから立ち入り禁止だと、船から降りた入り口付近で島での過ごし方を案内してくれたこえび隊(芸術祭ボランティア)の人が言っていた。だからきっと進んでも見れないはずである、と自分に言い訳をする。

ちなみにリングワンデルングとは、悪天候で方向を見失い、無意識に円を描くように歩く登山用語、だということ。


新潟の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭のような過疎の田舎が舞台の芸術祭で、都会に住んでいると滅多に経験したことのない孤独、地球に一人だけになってしまったような自然と自分だけ、誰も助けに来ないような場所にいることを感じると時々怖くなることがある。ドキドキしながら進んでいく時もあるけど、今回は好奇心よりも億劫さ、恐怖が勝ってしまった。この島は、かろうじて人が通るために道のようにはなってはいるけど屈んで通るような草のトンネルであったり、木や草が覆い茂りかなり自然に近い状態の中を進んで行かされる。蚊にもあっという間に両腕10カ所刺された。子供の時はこういう所は平気、というか寧ろ楽しかったのに、今は虫やら野生のものに抵抗があり不快に感じるようになってしまった。

 

がしかし好奇心が勝つと、大島に居ながら四国の八十八ヶ所巡礼ができるよう大正時代に寄贈されたというミニ八十八ヶ所霊場の石仏を横の道に見つけ(石仏がずらりと88体?こちらには背を向け海側を見て並んでいるのが見えた)、つい、なんだろう?と思ってわざわざそちらの葉や枝が伸び切った通りにくい道に行ってしまったりもする。

島の北側から元居住区を眺める

 

来た道を戻る途中に芸術祭の作品ではないが、風の舞、という砂利敷きの広場に石を円錐状だったりに3か所に積み上げた作品があった。広場の手前には火葬場と観音様。
島から出ることが許されずに亡くなった方達の魂が、せめて死後は自由に解き放たれ(風に舞い)ますようにという風の舞という作品と、"生涯孤島但し安心立命"という観音様の土台に掘られた文字に心を打たれ、写真を撮った。

"信心によって心を落ち着け、身を天命に任せ、生死利害に悩まずに生き抜いた"

というのが観音様の建立のいわれだということで、隔離され差別されて苦しみながらも心穏やかに生きようとしていた人達の願いが込められている。ハンセン病に比べれば大したこともないかもしれないが、人は人それぞれ苦しみの中に生きているので、人生を受け入れて心穏やかに生きようとすることは誰でも目指すところである気がして、人生の先輩たちに励まされた。

火葬場の手前の観音様

 

元々ハンセン病の島だと知ってはいたものの、この辺りからこの島の暗い歴史を感じ始めて心が重くなっていく。

どんなに空が晴天でこれでもかというくらい明るくても、心がどうしようもなく沈んでいれば、辺りが暗く澱んで見えるようなこともある。(←自身の経験による)

瀬戸内海の海は私にとっては心が解放される風景だけど、この島から出られず海越しに四国を眺めていたハンセン病の人達にとっての海とは自由を阻む恨めしいものだったのかもしれない…。

 


os06. 歩みきたりて:山川冬樹(2016〜)

住宅のふた部屋を使った展示。片方の手前の部屋には、押入れや床の間、床などにハンセン病を患った歌人政石蒙の遺品などを展示、奥の部屋は薄暗い中で大きいモニターが横に3つ並べられ、山川氏が政石蒙と関係の深い地-モンゴル、愛媛県北宇和郡松野町、そして大島の3箇所を訪れ、それぞれの地で政石氏の随筆が朗読されている映像がで同時に流れている。

os06.歩みきたりて:山川冬樹 手前の部屋の床の間

 

os07. 海峡の歌/Strait Songs:山川冬樹(2019〜)

高松から大島まで泳いで渡った自分を2ヶ所の視点から撮影。建物の表側からと、裏側に廻ると違う映像を見ることが出来る、裏側は大島で過ごしたハンセン病の人たちの歌を現代の小学生たちが音読している声が流れている。高松と大島の白い模型があってそこに泳いだ経路が記されていた。先程私が30分かけて船で渡ってきた距離を、人力で泳いで渡るなんてよくこんなことをしたものだ、と感心する。この島から脱走を試みた人達がいたらしいが昔の人は今の私たちよりもっと必死に生きていた、海を渡るなんて不可能では?と思われることをやってのけた。そういう背景をふまえて、それを体験して見せている、という作品に惹きつけられる。

山川さんは「隔離」という問題について考え、大島に生きた人を肯定しよう、とこの二つの作品(os06,os07)を作っていて、着眼点と表現が興味深く、もう一度ゆっくり見に行きたい。

 


以下、軽症者独身寮として使われていた建物での展示

os05. {つながりの家}GALLERY15「海のこだま」:やさしい美術プロジェクト(2013〜)

船が家屋の中に設置、展示されている。床が抜けて床下が露出、押し入れの板が外され木の柱だけになっているので隣室との境が取り払われていて、奥行きを感じさせる。島に残っていた唯一の木製の船らしい。

 

 

* * *
作品os05とos04の間に小さなドームがあって、その中に海から拾い上げられた石の解剖台が展示されていた。こちらも島の慰霊碑で、ハンセン病の方達が死後に解剖されていた解剖台は解剖室が解体された時に海に埋められたが、2010年に瀬戸内国際芸術祭が初めて開催される間際に海岸に打ち上げられているのを発見されたとのこと。天板にフジツボが棲息していたようだ。島に病気で来ることになった人たちは入島の際に亡くなったら解剖を許可することに署名をさせられたのだという。のちに大島青松園社会交流会館で観賞する作品にもこの解剖台のことがふれられている。ハンセン病の患者の方達にとってはこの解剖台を見ると思うところがありすぎるのだろう。

 

os04. 稀有の触手:やさしい美術プロジェクト(2019〜)

ブルー、一色で塗られた室内に白黒のポートレートと太陽、風景の写真が並ぶ。室内は窓からの自然光のみで照明が無いので、明るいところは明るいが暗いところは海の底のように青黒い。被写体の人物のハンセン病の症状で指が折れ曲がっている写真を見て、また苦労された人生を勝手に想像して、室内の暗い演出にも誘発されてやはり重たい気持ちになる。

被写体の人物は島の「カメラ倶楽部」の最後の一人である脇林清さん。情熱的な太陽の写真は「カメラ倶楽部」の中心人物だった鳥栖喬さんが撮ったものなのか?今まで写真から何かを感じるのが得意ではなかったが、今回は写真からは感情が感じとれるような気がした。脇林さんのポートレートを撮った高橋信之氏の作品の制作ノートによると、鳥栖さんと脇林さんの写真に対しての情熱が伺われ、背景にハンセン病でこの島に捕らわれているという理不尽があっても、夢中になれるものが人生を救うのだとつくづく感じる。

独身軽症者住居は5人分が一つの長屋になっていて、この建物(12寮という名称)の4人分の住居を使い、入り口とその両サイド3人分の住居(12寮-2~4)は6面ブルー塗で出入りが出来、入って左側の住居(12寮-2)の、その隣(12寮-1)はその中に入ることはできないが、暗い青の部屋から真っ白い部屋を覗くことができる、床に散らばるものが何なのか想像も付かなかったが、高橋さんの制作ノートから判断すると鳥栖喬さんが撮影の時に使っていた自助具の欠片なのかもしれない。

12寮2室から1室を覗く

大島(後編)に続く

 

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瀬戸内国際芸術祭2022-夏①女木島

女木島

2022.8.16

13:10高松港発→13:30女木島港着


女木島中心部

mg01.カモメの駐車場:木村崇人(2010〜)

懐かしのカモメたち。港沿いに相変わらず居た!リアルなカモメが描かれた風見鶏で風でくるくる回る。金属の擦れる音がカモメの鳴き声みたい。全部で何羽いるのだろう?もう何度も来て何度も見てるけどすごい数がずらりと並んでる、改めて見ると。今日は風が強いのでグルグル回転が激しい。女木島の玄関口のシンボル。

2010年に撮影

 

mg02.20世紀の回想:禿鷹墳上(2010〜)

同じくこちらの作品も女木島の玄関口のシンボル的作品で2010年から継続して港の案内所のすぐ横の浜辺に居た!グランドピアノに船のマストが合体してる作品。何度も見てるけどやはり近寄ってみてしまう。いつだったか来たときは帆がボロボロになって幽霊船のようだったが新しくしたみたい。あとピアノの音がしたような気がしたが、今回は音はしなかった。


mg27.ナビゲーションルーム:ニコラ・ダロ(new!)

島の奥から段々港に近いものへ、というルートで観賞しよう、と女木島中心部の作品の中で一番奥(北)のこの作品へ。方向的に前に歩いていた人達も芸術祭目当ての人かと思い後ろについて行ったら砂浜を歩き出したので靴が砂砂になった。彼らは海水浴客だったようだ。
海岸沿いの島の空き家を使って作品が置かれていた。電気の仕掛けで天秤のようなバランスをとっている?竹を編んで貝をくっつけたものや、円の形をしたアクリル板が左右に動いたりしていて全体の形が変わっていく。左の脇に設置されているオルゴールが、右の大きなオブジェと連動しているのが独立しているのか、時折、鳴ったりしていた。
窓を開けているので島の風を取り込みつつ、空調も効いているようで空気が程よく気持ちがいい。海岸側(東面)が全面窓ガラスになっている平家の家屋で、時間的に直射日光は入ってこないが、室内の暗さに対し、浜辺の明るさで逆光のようになる。

 

こちらの作品、説明も見ずに観賞したのでそれぞれが何を意味しているのか分かっていなかったようで、のちに説明文を読んで、結構深い意味があったことを知った。下記が作品の説明。(説明をふまえてもう一度じっくり見に行きたいような気がする。)

 

『架空の海を渡る航路を見つけるための航海装置』
女木島東海岸の旧海の家。12か月に対応する曲を奏でるオルゴールと、天体の動きを模する3台のスティックチャート(木の棒を組み合わせた海図)が連動し、それらを接続するディスクが波打つように上下動しながら回転する。現代のオデュッセイアがたどる航路を物語る、機械仕掛けのプラネタリウム

mg27.ナビゲーションルーム:ニコラ・ダロ

空調が心地よく会場にあったベンチでボーっとしてしまった。

 

mg14.ISLAND THEATRE MEGI 「女木島名画座」:依田洋一朗(2016〜)

若者4人組と同タイミングで入館してしまい観賞しづらかった。SNSにでもあげるつもりなのか動画撮ってるからカメラの前を通過出来ずこっちが何故か遠慮しながら観賞したりして、集団の若者にありがちだが他人のことが見えていないのか、もう少し周りのことも考えて遠慮がちに配慮してやって欲しい。
作品は倉庫のような建物を映画館に改装していて、アメリカンな可愛らしいシアター。外観は元の倉庫のままなのか素朴なのだけど、中に入ると一気に違う世界が広がっている。1階は名俳優達の絵が飾られ、2階がシアターになっている。2階のシアターの席でゆっくりしたかったが若者達が陣取っていたので座らなかった。

依田洋一朗さんの絵画(人物画)は翌日行った高松市美術館にも飾ってあった。

mg14.ISLAND THEATRE MEGI 「女木島名画座」:依田洋一朗

 

mg15-B.不在の存在:レアンドロ・エルリッヒ(2010〜)

茶室と中庭が作品。茶室は茶卓が4膳に座布団が4つ、2対2で向き合うように2列配置されている、座った側面が映る位置に鏡が2台置かれていて、この仕掛けがどういう意味なのか分からなかった。6畳くらいの和室なので茶卓や座布団が並んでいると歩ける場所は限られているので、私以外にもう一人同時に中に入って観賞していた人がいて進行するのにまごまごする。中庭は白い小石の庭で暫く見ていると庭を横切る足跡がザクザグと浮かび上がる👣前に来た時におそらく見ている気がするけれど印象が薄くなって、初めて見るような感覚で見てしまった。

 

mg23.≪女木島名店街≫ 瀬戸内カーニバル:あきびんご(new!)

こちらも島の家屋の部屋を使って展示。12畳くらいの部屋に絵本作家あきびんご氏の瀬戸内の島を紹介したようなストーリーが描かれた屏風絵(かと最初思ったけど絵本の見開きのようにも見える、つまり大きな絵本)を左上に降ってある番号の順で、必ずしも順番に並べられていないので探しながら、読み進めると話がつながって見えてくる。
バナナマハゲ🍌👹とかストーリのキャストがウケた。

 

* * *
寿荘
建物は海岸に面していて、少し入った小道に入り口がある。

mg08.≪女木島名店街≫ ピンポン・シー :原倫太郎+原游(2019〜)

普通の形の卓球台と、中庭の吹抜下には雲形のような面白い形をした卓球台。ラケットなんかも貸し出ししてて試合ができるみたい、なんか特別なルールがあるのかな?貼り紙に何か書いてあったようだがよく見なかった。

 

mg20.≪女木島名店街≫ ガラス漁具店:柳建太郎(new!)

人見知りが発動。中が見えない引き戸を開けて中に入ると観賞者は誰もおらず、作家さんご本人と、作品と傍にガラス細工の作業場があった。室内は暗く、ガラス作品に照明を当ててキラキラ見せていてそれ自体は綺麗なのだが…割と狭い暗い密室に二人きり、気まずっ!居心地わる!が頭の中の中心にきてしまい観賞に集中出来ず、なんか一通り見ているフリをしながら出てきてしまった。無数の小さなガラスを上から吊って大きなハート型状に集めている作品があったけど、あれの一つ一つはガラスの釣り針だったのかも?後からパンフレットで見たら釣り針をモチーフに作品を作られているようで、その位上の空で出てきてしまった。あの作家の男の人も悪い、軽く互いに挨拶した後に何も話しかけてこなくて、なんか作業をしてる素振りで目も合わなかったので、おそらくあちらもフレンドリーでないので、互いに共鳴して拒絶しあってしまった。

 

mg09.≪女木島名店街≫ ランドリー:レアンドロ・エルリッヒ(2019〜)

実物は初めてだが2019のガイドブックや雑誌等で見たことがある、コインランドリーの洗濯機の中身が見える蓋の部分に洗濯物がグルグル回る映像が映し出されている。対面してる片側の洗濯機は実際に使えるらしい。

 

mg21.≪女木島名店街 ≫ 鬼ヶ島ピカピカセンター:岩沢兄弟(new!)

なんか可愛い。照明(ピカピカ)のお店なのか変わり種の照明が陳列されているのと、よく家庭で捨てそびれたりでストックしている百貨店やお土産なんかの手提げ紙袋を、このピカピカセンターの商品で売っている金具を使うとそのまま照明のカバーとしてリサイクルして可愛い照明に出来る、(実際それで作った照明がいくつも並べてある)という金具の商品を子供の声とかで紹介をしているのが可愛い。

mg21.鬼ヶ島ピカピカセンター:岩沢兄弟

 

mg11.≪女木島名店街≫ ティンカー・ベルズ ファクトリー:中里繪魯洲(new!)

島から集めた古道具、金物を利用して他の何かと組み合わせて違う用途に再生していた。物を与えられた用途で使い切ったら捨てるのではなく、何かと組み合わせて再利用する方法を考えて、かつそれが作った人を感じられるような人間らしさがあって愛らしいものだったら、素敵なことだと思った。金物が古びて味があるので、良い効果を生んでいる。

 

mg22.≪女木島名店街≫ リサイクルショップ複製遺跡:五所純子(new!)

※寿荘の2階にあった、ということだがピカピカセンター以外のルートは関係者以外立ち入り禁止になっていたような気がして階段を下ってしまい、この作品は見ていない。

 

mg05.≪女木島名店街≫ Café de la Plage/カフェ…:ヴェロニク・ジュマール(2019〜)
※カフェ利用者のみ観賞可、利用せず。

 

mg06.≪女木島名店街≫ ヘアサロン壽:宮永愛子(2019〜)
※16日は閉店中


* * *


mg24.≪女木島名店街≫ 結ぶ家:大川友希(new!)

受付、観賞者もおらず無人。色んな布を結んだ紐状のものが家屋内、家屋外にもたくさん吊り下がっている。

mg24.結ぶ家:大川友希

 

mg25.≪女木島名店街≫ MEGI Fab(メギファブ):三田村光土里(new!)

島の風景の写真などをプリントしたファブリックや高松のボタン専門店のレトロボタンなどが売っている。ボタンを使ったアクセサリーが可愛かった。

 

mg26.≪女木島名店街≫ こんぼうや:小谷元彦(new!)

作家さんが丸太を削って作業中?コミュニケーション苦手なので前を素通り

 

mg17.段々の風:杉浦康益(2013〜)

急な坂を100m登った丘に陶の、ガイドブックにはブロックと書いてあったがブロックと言えばブロックなのかもしれないが、どういうものかというと、2枚の上下の板を何本かの縄の様に捻れたものが支柱のように支えている形のものが一つの単位のブロックで、それを幾つも積み重ねた壁が何箇所かに置かれていて、また岩のような彫刻のような塊、こちらも陶で出来ているのか?が丘の上に配置されていた。透け透けのブロック塀は視界が遮断されず、ブロック越しに後ろの風景が見えるようになっていて丘の下側に開けている港の町、海が見えるように考えられている。

mg17.段々の風:杉浦康益

 

mg13-B.女根 / めこん:大竹伸朗(2013〜)
2013年に見ているので観賞しなかった。

 

鬼ヶ島大洞窟
mg19.オニノコ瓦プロジェクト2:オニノコプロダクション(2013〜)

島の中心の方、遠いし以前に見てるので観賞しなかった。

 

***
午後約3時間程で大体の作品を観賞することが出来た、帰りの船まで1時間位ある。
懸念していた雨が降らなかったのが幸いだったけどかなり風は強い。港で海を見てぼーっと過ごす。犬を連れて海水浴に来ている家族がいた。ペットも家族だから旅も一緒に行けたら理想的、で羨ましかった。だけれど猫は難しい。その点犬は良いな、いつも一緒にいられて。今頃うちの猫はどうしているのだろう。

 

17:20女木港発→17:40高松港
18:00ごろホテルにチェックイン。夜ご飯は近くのスーパーに、何か地元の独特の食べ物を発見できないかと買い出しに行ったけれどこれといった発見はなかった。
1日目は終了。

 

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大地の芸術祭2018 感想①まつだい駅

 

まつだい駅

2018.08.17
ほくほく線まつだい駅(無人駅)に始めて降り立つ。駅を出たらすぐに2つのアートが目に飛び込んでくる。

左 D001:棚田 (イリヤ&エミリア・カバコフ)
右 D061:花咲ける妻有 (草間彌生)

 

仕事を離れ芸術祭にまた来れたんだという気持ちで嬉しくなる。まつだい駅無人駅で駅員も居ないくらいだが、芸術祭をやるようになって建てられたと思われる併設の建物にガイドブック、マップ、パスポートを売っている専用の売り場スペースがあり、コンビニと、そこで買ったものを食べられる机椅子があり便利。
まつだい駅で買った芸術祭マップを確認して、まずは駅の北側の作品を見て回ろう、と決める。
駅を出て駅前の通りをまず右手、右周りに周る。作品が出てくる前にこの地方の独特の家の作りに目がいく。雪国だからだろうと想像されるがどの家も3階建てで1階部分はコンクリートで出来ている。その上に木造なのか軽量鉄骨造なのか家が乗っかっている。基礎部分が1階まで延びてる感じ。雪で埋まってしまう1階には多分部屋とかはない。

 

D099:創作の庭 (土屋公雄)

道路が交差する角の敷地に1つ目の作品。必要なものしかない田舎の風景からすると凝ったつくりの庭なので、すぐに作品だと分かった。真ん中に池、周りをぐるりと石畳と植栽の歩道?回遊出来る感じ。

D099:創作の庭 (土屋公雄)

 

D251:松代商店街周辺における土壁による修景プロジェクト(村木薫)
この作品は見落としたのか今ひとつ記憶にない。

 

D320:黄金の遊技場 (豊福亮)

道なりに歩いて右折、少し歩いたところの家屋が作品の会場だった。開始時間の5分前くらいに着いてしまったのでスタッフが丁度家の鍵を開けているところ。中に入って作品を見て、2010年の瀬戸内芸術祭でも見た船の作家と同じ人だと分かる。黄金に塗装したものが壁面にみっちり貼り付けられ世界観が同じ。元々この家屋にあったものなのか、急な階段(年寄は登れない、降りる時が怖い、階段から滑り落ちて作品を壊さないか心配した)を登ると2階にも独特の空間。今回は光の刺さない屋内なので黄金が黒光りしている。色使いは黄金の下地が青だったりする。仏像があったり仏教的な雰囲気もある。また古い家屋の匂いなのか、それとも作品からの匂いなのか、匂いもするし室温も自然のまま?微妙で全体的に異様な雰囲気であるが、またそれも面白い。

 

D354:カサバラタ (ムニール・ファトゥミ)

また歩いていると前方からなんか煙が出てるな、と思ったら作品だった。道路前面から見ると家から何本かの煙突が飛び出ていてそこから煙が出でいる。裏側に回ると家の壁面は道路側だけで3方はなく、家の内部?が見えるようになっていて、何台かのストーブがあって、そこから煙突が出ていてそれが外に出ている煙突につながっている。

D354:カサバラタ (ムニール・ファトゥミ)

 

D356:SF(summer fiction) (金氏徹平)

倉庫が丸々会場になっていて身の丈程の丸い筒穴から内部へ。内部は照明が当たっているところ以外は基本暗い。雪が降らない我々の地域では見たことがない除雪機(テレビのニュースでしか見たことなかったけど実物はかなり大きい)が4台位所狭しと置かれていて、人が喋っている音声が大音量で流れてるのだがよく聞くと、除雪作業に当たってる人が体験談を喋っている。重機には青い照明が、壁面には雪が吹雪いてるかのような動きのある照明が当たっているので、夜間の除雪作業をしているかのような空間だ。空調もしていなくて巨大扇風機が回ってるので室温は夏だけど、ちゃんと冬のような雰囲気が作られている。重機の間を移動しながら重機を見たり、壁面の抽象的な絵画や関連する動画を見たり。芸術祭に来れた感覚が実感できたのか、なんか面白くてテンションが上がった。

D356:SF(summer fiction) (金氏徹平)

 

駅の方へ戻る、川を越えて農舞台の方へ。

 

D061:花咲ける妻有 (草間彌生)

先程、まつだい駅に降り立った時にまず目に飛び込んで来た作品。やよいちゃんの水玉極彩色の巨大なお花。色鮮やかでPOP、広がりがあってエネルギーを感じる。

D061:花咲ける妻有 (草間彌生)

 

D054:まつだい住民博物館 (ジョゼップ・マリア・マルフィン)

カラフルな腰壁の細い板に名前。住人の名前?人感センサーのスピーカーに近づくと住民が声でこの地方の方言の言葉が出迎えてくれる。

 

少し小雨が降り始めた。

 

D060:かまぼこアートセンター (小澤剛)

まつだいの街を歩いていて、1階がコンクリートで出来ている家屋とともに、この地方特有の形の倉庫を各所で見かけた。正面から立面で見ると逆さのU字型。屋根が半円で屋根材がそのまま壁材となって延びている。かまぼこ型と言っても良いのかもしれない。それに注目して作ったのがきっとこの作品。マトリョシカのように大きいサイズから小さいサイズへと並んでいる。(作品解説によると魚眼レンズで中が観れたらしい、見なかった!)


D059:空と地の間にて(藤本修三)

瀬戸内芸術祭の沙弥島にあった作品と同じ。

 

D155:ゲロンパ大合唱(大西治・大西雅子)

ブリキのおもちゃを大きくしたような可愛いカエルのキャラクター。

 

D115:スキマをすすむ (ゼロゼロエスエス)

D185:サウンドパーク (岩井亜希子×大場陽子)

D125:地震計 (オノレ・ドゥオー)

D311:円-縁-演 (松田重仁)

D053:まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」(MVRDV)

 

D001:棚田 (イリヤ&エミリア・カバコフ)

農舞台の建物内部にこの作品を見る展望台があった。雑誌なんかで事前にこの作品の写真を見ていたが、ここから見ると棚田の農夫との間に文字があって、遠近法で、奥の棚田にいる青と黄色の農夫の間に、展望台の前に下がっている文字が重ならないように配置されている。絵本のようだ。文面は地元の農家からの聞き取り?

D001:棚田 (イリヤ&エミリア・カバコフ)

 

昼前にして雨が強くなってきた。あまりにも降りが強くて傘をさしながらでも屋外作品を観てまわれる、という状態ではない。南側、川の向こう側にアートが沢山あるようだが観賞は諦めて、室内でアートが見れそうな十日町の方へ移動することにする。

 

 

あいちトリエンナーレ2019 情の時代 感想④豊田市美術館ほか

あいちトリエンナーレ2019の感想を綴っております。

 

2019.09.15

豊田市エリア-今回宿泊地の伏見駅から鶴舞線赤池経由で豊田市駅まで行く。電車で1時間弱程かかったので11:30過ぎに着き、お腹が空いたので昼ご飯を取ることにする。電車内でチェックしていた味噌煮込みうどんのある、亀という店に行ってみた。デラックス味噌煮込みうどんを注文。所謂全部のせ、エビ天と、もち✖️2が乗る豪勢なヤツ。それでも櫃まぶし3700円に比べると1300円なんだから安く感じられ、如何にひつまぶしが高いか。煮込みうどんといってもうどんはしっかり硬い、あまり煮込まれていない。卵も入っているし栄養とった感じで元気が出るね😋

 

🍜亀:味噌煮込みうどん(1300円)

 

 

豊田市美術館

谷口吉生による設計の今まで建築雑誌の写真で見たことがあるような気がする美術館だったので楽しみにしていたが、実際に見て、外から水景を入れてみる角度が確かに美しい。美しさの訳としては、ディテールで無駄なものを省いてスッキリさせているのでシンプルで邪魔になるものがないように思えた。丘の上にあるので辿り着くのに苦労する。中に入って気づいたが階段の手すりがガラス手すりになっていて、職業柄、今の現場でやろうとしている手すりのイメージはコレではないかと思って、まじまじと観察。この美術館の頭の笠木は少し大きくて無骨。

 

T06a.ミッションからの帰還 :アンナ・フラチョヴァー

入り口すぐの階段の突き当たりの踊り場の壁に宇宙服を着た2人の人のレリーフみたいなのがあった。立ち止まりにくい場所。ゆっくりは観てない。

 

T06b.アセンション・マーク I :アンナ・フラチョヴァー

顔がアイロンの底面だったり電気髭剃りだったりシュールレアリズム?っぽい。

 

T07.Fallen Star :シール・フロイヤー

非常にシンプルで薄暗い部屋の床に星型の灯りが投影されている、一度天井に当てて反射させている。シンプル過ぎてフーンという感じ。

 

T08.「隠されているものと見慣れぬものによるアメリカの目録」

「公文書業務と資本の意思」:タリン・サイモン

思い出せない

 

T09.NIMBY (Not in My Back Yard) :高嶺格

望遠鏡を覗くのが順番待ちだったので見なかった。

 

T10.革命は抽象である:レニエール・エイバ・ノボ

※展示一時中止(展示内容の変更)

壁面の作品は表現の不自由展関連の報道の新聞紙で覆われていた。あとは巨大なハンマーと槍?の一部と巨大な人の手の一部の彫刻作品。ハンマーの方は黒いビニールで覆われていてこれも抗議のために作品を変更してるのかもしれない。元の作品がどんななのか写真でも貼っておいてくれれば良いのに、と思うは来場者の都合で、作者にしてみたらそれが見れたら、抗議にならないということかしら?

 

T11.Shylight :スタジオ・ドリフト

吹抜けにぶら下がっている照明が上がり下がりするのだが、フワッとした布で覆われてるので、クラゲが泳いでるみたい。照明の真下に人が寝転がって鑑賞出来るように枕が並べてあって、円を描くように寝転がって見ている人達がいた。真下から見ると新たな発見があったのかもしれないが、スペースがなかったのと体験型のアートが苦手で、横目で見て通り過ぎた。

 

旧豊田東高等学校

T09b.反歌:見上げたる 空を悲しもその色に 染まり果てにき 我ならぬまで :高嶺格

プールの底をめくって立ち上げてる作品。先客がいて自分のスペースがなく観づらくてあんまり観なかった。

 

としのこえ、とちのうた(とよた市民アートプロジェクト)

これ、旧豊田東高等学校の校内を歩いていて、雰囲気が違う看板の矢印が目に留まり導かれて歩いて行ってしまったが愛トリの作品ではなかったようだ、入り口の案内のおじさんに愛トリですか?と聞こうかと思ったけどどーでもいいかと思ったのかなんとなく口から出なかった。後で分かったがとよた市民アートプロジェクトだそうだ。でもなかなか面白い展示、醸し出してる雰囲気とか全体の纏まりとかが。旧高等学校の体育館、更衣室、トイレを舞台にして作品を展示。古びた薄暗い校舎が背景にあるせいで、また流れている音楽のせいで、独特な世界を作っている。例えば女子トイレ(和便)を展示室にしている場合、背景のトイレが目に飛び込んで来ざるをえず、それも含めての部屋ごとが作品という感じ。当然アーティストもそれを計算に入れているのだろう。誰しもが通り過ぎた高校の校舎を舞台にしていることが、作品をみる上で鑑賞者それぞれに色んな思いが付加される。アーチストのことなのか関係ない人のことなのか、車の街、とよたに生まれた人の人生が垣間見れる文章も壁に水色の字で書かれている。豊田、ってそういう街なんだって言う面白さもある。結局芸術に上も下もないんだよね、愛トリ作品と比べても遜色なく、訴える何かがあってその人特有の表現力があれば面白い、という。

 

名鉄豊田市駅

T01.Dig Your Dreams. :トモトシ

なんだろう、コレ。室内が発掘場の跡地(土の凹凸ががトヨタのマーク)になっていて、地元の人達が以前に此処を掘ったらしい映像が流れてる。アーティストがMCをして発掘者たちを盛り上げる。土器を採掘してる程で発掘された土器にトヨタのマークがあるっていう。どゆこと?

なんかキャイ~ンのウドちゃんみたいな喋り方のこのエリアの案内の人がいて、外でまず作品の説明文を見てるのに、中に入れだとか、あっちも見ろだとか、あーだこーだ煩かった。見たいように自分のペースで見させてよ。

 

T02a.↓ (1946-1948 / 1923-1951) :小田原のどか

T02b.↓ (1946-1948) :小田原のどか

覚えていない

 

足が疲れたので伏見に戻る。

 

ホテルで仮眠。

 

名古屋飯をコンプリートするために、ホテル近くで見つけた味噌カツ屋さんに行く。外のポスターを見てネギ味噌カツが美味しそうと思ったのに、普通の味噌カツを頼んでしまった。味噌タレを自分で付けるシステム、サクサクで美味い。赤味噌の美味しさにハマる😋

 

カツマサ:味噌カツと日本酒

 

2019.09.16

最終日。どうやら四間道、円頓寺エリアまで徒歩で行けるようなので体力が続く限り行ってみようと思う。

 

四間道

近代的な名古屋駅からほど近い場所にこんな古い町並みが残されている場所がある、古い町並みと言っても建築の様式に地方による特色があるようで外装が黒い。茶色がない。通りに面してる所だけでなく裏通りにも人が住んでいる、元々住んでる人とこの町並みを利用して飲食店などをしている人、これらのお店がオサレである。

名古屋は食で退屈することがないだろう、ってくらい様々な飲食店がある。喫茶店、櫃まぶし、味噌カツ味噌煮込みうどんの店をそれぞれ食べ比べてみることも食いしん坊の楽しみであろう。ぜひ次回に。

円頓寺商店街

大分年季の入った商店街だ。この辺りにもアートがあるらしいけど、もう疲れたので町を一通り散歩して名古屋駅に向かう。

 

最後に心残りを一つ消化。きしめんも食べたかったけど、まだそんなにお腹空いてないので小倉トーストを食べて帰ろう。

想像以上に美味い。トーストに塗ってるバターのせい😋

 

アヴァンティ小倉トースト

 

以上、あいちトリエンナーレ2019、感想でした。

 

 

瀬戸内国際芸術祭2013 もう見れない!過去作品の感想②-犬島、高松港

もう見れなくなってしまった瀬戸内国際芸術祭2013、犬島、高松港の作品の感想です。

犬島

094.リフレクトゥ:荒神明香

ガイドブックに出ていて色の綺麗な作品だと知っていたので、見たかった作品。建築家、妹島和世等が手掛けたA邸は透明なアクリルの壁がリングに形成されているところに展示が出来るようになっていて、太陽の強い自然光が作品を照らすので、作品も透明感がある、あるいは強さのある、作品が映え、少なくともダークな作品はこの家での展示には向かないような気がする。カラフルな花びら状のモチーフを集めたこの作品は、このA邸での展示で成功している。明るい色合いがかわいらしい。でもこの作品の意図は???

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高松港

151.バングラデシュの絵画の精髄

色彩が濃い、黒っぽい印象。抽象的な現代アート。それぞれの画家の作品が間髪入れずに、並んでてちょっと間が悪い展示の仕方。前の作品との心象の切替が難しい。心の背景にある、バングラデシュの文化や常識が、日本とは違うというのもあるだろうけど、そもそもそれぞれの人間が見てる現実が違う、ということが分かる十人十色の心の風景が描き出されていて、一人の画家の作品を連続して見るのとは違う面白みがあった。って事は間髪入れないレイアウトも意図的なのか?様々な作風があるのが何かの影響を受けての事なのかオリジナルなのか分からないが、日本の現代の画家の作品を無作為に並べたらどういう傾向が出るのか見てみたいと思った。

 

148.アラーキー列車:荒木経惟

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伊吹島に行くための船が観音寺港から出ているのだが、観音寺港の最寄り駅、観音寺駅行きの、高松駅から出ているJR予讃線の電車の車体がラッピングされている。芸術祭の色が移動の為の電車にまで及んでいると思うとワクワクする。